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新潟地方裁判所新発田支部 昭和59年(ワ)39号 判決

原告 山田春雄

被告 国

代理人 青木清榮 若井正之 辻徹 ほか三名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の申立て

(原告)

一  被告は、原告に対し、別紙物件目録記載の各土地につき、昭和二四年二月二五日時効取得を原因とする所有権移転登記手続をせよ。

(被告)

主文と同旨

第二当事者の主張事実

(請求原因)

一  (土地の所有名義人)

被告は、別紙物件目録記載の土地(以下「本件土地」という。)につき、新潟地方法務局豊栄出張所昭和二三年三月三一日受付第二九五号をもつて、同年一月三一日財産税物納許可による所有権移転登記を経由した登記簿上の現在の所有名義人である。

二  (時効取得一)

1 原告は、昭和七年二月七日山田正太郎(以下「正太郎」という。)及びキソ(以下「キソ」という。)の三男として出生した。しかし、長男及び二男が既に死亡していたため、事実上の長男として養育されて成長し、昭和二四年二月二五日正太郎が死亡したため、同日その財産一切を相続により取得した。

2 原告は、右同日正太郎の財産一切を相続により取得するのと同時に本件土地の占有を開始した。本件土地は、代々自宅の敷地及び庭として原告家で占有管理してきたものであるから、原告には右占有開始時において本件土地が自己の所有に属するものと信ずるにつき正当な理由があつた。

3 原告は、右占有開始時から一〇年を経過した昭和三四年二月二五日当時も本件土地を占有していた。

よつて、原告は、被告に対し、本件土地につき、昭和二四年二月二五日時効取得を原因とする所有権移転登記手続をすることを求める。

三  (時効取得二)

仮に右二の2の後段の主張が認められないとしても、原告は、右占有開始時から二〇年を経過した昭和四四年二月二五日当時も本件土地を占有していた。

よつて、原告は、被告に対し、本件土地につき、昭和二四年二月二五日時効取得を原因とする所有権移転登記手続をすることを求める。

(請求原因に対する認否)

一  請求原因一の事実は認める。

二  同二の1のうち、原告と正太郎との身分関係及び正太郎が原告主張の日に死亡したことは認めるが、その余の事実は否認する。

三  同二の2の事実は知らない。

四  同二の3の事実は知らない。

五  同三の事実は知らない。

(抗弁)

一  (請求原因二及び三に対し)

原告家代々の本件土地の占有は、賃借権を権原とするものである。すなわち、本件土地は、いずれも被告の前主白勢正彌の所有であつたところ、正太郎は右白勢正彌から本件土地を賃借して占有していたのである。したがつて、正太郎に本件土地につき所有の意思がなかつたことは明らかである。また、正太郎の死亡により原告がその財産一切を相続したとしても、原告は正太郎の本件土地の賃借人としての地位を承継するとともにその占有を承継したにすぎないというべきであるから、原告の占有は所有の意思をもつてする占有ではない。

二  (請求原因三に対し)

原告は、昭和三九年三月一七日豊栄市高森新田一三六一番地から同所一三六三番地に転居し、更に昭和四三年六月三日神奈川県横浜市鶴見区に転出し、同年七月一〇日に当初の住所に戻つている。したがつて、原告は、昭和三九年三月一七日から昭和四三年七月九日までの間は本件土地の占有を中止したものというべきである。

(抗弁に対する認否)

一 抗弁一の事実は知らない。その主張は争う。

二 同二の事実は否認する。

第三証拠の関係は、<略>

理由

一  請求原因一の事実は当事者間に争いがない。

二  <証拠略>によると、原告は、昭和七年二月七日農業を営む正太郎及びキソ夫婦の三男として出生したが、出生当時長男正雄及び二男正英が既に死亡していたことから、事実上の長男として養育されて成長したこと、原告は、昭和二四年二月当時一七歳で病床にあつた正太郎とキソのほか祖父の幾太郎(以下「幾太郎」という。)、祖母のカツミ及び弟妹七名と本件土地上の正太郎所有の居宅に居住して生活していたこと、正太郎は、右のように本件土地を自己所有の居宅の敷地として占有使用していたところ、同年二月二五日死亡したこと、原告は、農家の事実上の長男であつたことから、正太郎の遺産を全て相続により取得することとなつた(そのころ、その旨の遺産分割の協議が成立したものと推認される。)こと、そのため、同日本件土地についても正太郎の占有を引き継いで占有を始めたこと、そして、原告は、右占有を始めてから一〇年を経過した昭和三四年二月二五日当時及び二〇年を経過した昭和四四年二月二五日当時も本件土地を自己所有の居宅の敷地として占有使用していたことが認められ、<証拠略>は右認定を覆すに足りず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

三  被告は、原告の本件土地の右占有は所有の意思のない占有であると主張する(抗弁一)ので判断する。

1  民法一八六条一項の規定は、占有者は所有の意思で占有するものと推定しており、占有者の占有が自主占有に当たらないことを理由に取得時効の成立を争う者は右占有が所有の意思のない占有に当たることについての立証責任を負うのであるが、右の所有の意思は、占有者の内心の意思によつてではなく、占有取得の原因である権原又は占有に関する事情により外形的客観的に定められるべきものであるから、占有者がその性質上所有の意思のないものとされる権原に基づき占有を取得した事実が証明されるか、又は占有者が占有中、真の所有者であれば通常はとらない態度を示し、若しくは所有者であれば当然とるべき行動に出なかつたなど、外形的客観的にみて占有者が他人の所有権を排斥して占有する意思を有していなかつたものと解される事情が証明されるときは、占有者の内心のいかんを問わず、その所有の意思を否定し、時効による所有権取得の主張を排斥しなければならないものである(最高裁昭和五七年(オ)第五四八号、昭和五八年三月二四日第一小法廷判決・民集三七巻二号一三一頁)。そして、被相続人の占有が所有の意思のないものであつたことが証明された場合においても、相続人が被相続人の死亡により、不動産の占有を承継したばかりでなく、新たに右不動産を事実上支配することによつてその占有を開始し、その占有に所有の意思があるとみられる場合においては、相続人は民法一八五条にいう「新権原」により所有の意思をもつて占有を始めたものというべきところ(最高裁昭和四四年(オ)第一二七〇号、昭和四六年一一月三〇日第三小法廷判決・民集二五巻八号一四三七頁)、相続人が新たに不動産を事実上支配することによつて開始した占有に所有の意思があることについては、民法一八六条一項の規定による所有の意思の推定は働かず、相続人においてこれを立証することを要するものと解するのが相当である。

2  これを本件についてみるに、<証拠略>によると、

(一)  正太郎は、約一一〇〇町歩の農地を所有する白勢家の当主白勢正衛の小作人として農地を賃借して小作し、本件土地も右白勢正衛から賃借し、その地上に居宅、物置、牛小屋などを建築所有(一部はその先代幾太郎が所有)して本件土地を占有使用していたこと

(二)  右白勢正衛は、昭和二一年四月八日死亡し、同人の弟白勢正彌が家督相続したが、白勢正彌は当時未だビルマから帰還していなかつたため、筆頭格の番頭白勢正城(白勢正衛及び白勢正彌のいとこ)が白勢正彌の帰還まで農地の管理をしていたこと、白勢家は、当時白勢正彌の相続税及び財産税を納付する必要があつて、多額の現金を必要としていたこと、白勢家の農地も農地解放のための買収処分を免れたものが多く、そのため白勢家では、これらの農地等を小作人に売つて現金化し、それでも税額に不足するときは、小作人が買い取らなかつた農地等を物納する方針であつたこと

(三)  右白勢正城は、昭和二一、二年ころ支配下の番頭に対し、各部落の世話人を通じて各小作人に対し、「小作農地等を買いたい者に売るが、一定の期限までに代金を持つて来ない者については、買い取る意思がないものとして、その小作農地等を国に物納する」旨周知させるよう命じ、この旨各小作人に周知されたこと

(四)  その結果、白勢家所有の小作農地及び宅地等の一部は小作人に売り渡された(原告も昭和二一年七月二五日に白勢正彌から田一一筆を買い取つている。なお、原告本人尋問の結果(第二回)中には、「昭和二一年に本件土地も原告が買い受けた」旨の供述があるが、原告本人は、後に生前父から、父が白勢から買つた旨聞いていた旨供述しているところであつて、右原告が白勢から直接買い受けたとの供述部分は措信しない。)が、小作人に買い取られなかつた農地及び宅地は昭和二二年から二三年にかけて大蔵省に物納されたこと及び本件土地も買い取りの申し出がなかつたため、昭和二三年一月三一日大蔵省に物納されたこと、

の各事実が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。右認定の各事実によると、正太郎は、白勢正衛(後に白勢正彌が家督相続)から本件土地を賃借し、賃借権に基づいてこれを占有していたものと認められるところ、その占有は右権原の性質からして所有の意思に基づくものとはいえない。そして、原告本人尋問の結果(第一、二回)中の「原告は正太郎の生前同人から、本件土地は白勢から買つたものである旨聞いていた。」との事実から、正太郎が本件土地を白勢家から買い受けたとの事実を認めるに足りず、他に正太郎の占有が自主占有に変更されたことを裏付ける新権原の存在を認めるに足りる証拠はない。そうすると、正太郎の本件土地の占有は、所有の意思のない占有であつたものといわざるを得ない。

3  そして、原告が正太郎の死亡によりその相続人として本件土地の占有を承継し、新たに本件土地を事実上支配することによつてその占有を開始したことは前記二において認定したとおりである。

そこで、原告が新たに本件土地を事実上支配することによつて開始した占有に所有の意思があつたかどうかについて判断する。この判断に当たつても、前説示のように外形的客観的事情からみて、原告が他人の所有権を排斥してまで占有する意思を有していたと解されるかどうかという観点からこれを検討すべきところ、<証拠略>によると、原告は、正太郎死亡後は農家の後継者として本件土地上の居宅に居住して農業に従事し、その間昭和二九年五月四日には妻恵美子と婚姻して父祖と同じく本件土地(住居表示は新潟県豊栄市高森新田一三六一番地)を本籍と定めたこと、本件土地は原告の物心のついたころから南側及び東側は竹垣で、北側は杉垣で、西側は拓植垣で囲まれた一体を成した土地であつて、その地上には居宅のほかに祖父の代からの車庫、倉庫及び蔵が建つており、物置小屋(現在は畑となつている。)及び牛小屋も建つていて一部は竹藪であつたこと、原告は、昭和四四年一一月に居宅を建て替え(新築)るとともに、そのころ北側の杉垣をブロツク塀に直し、前に牛小屋を取り壊しておいた竹藪付近を起こして畑にしたこと、南側と東側の竹垣は昭和五七年にブロツク塀に直したこと、原告は、昭和五八年農林省の係官が本件土地の測量方を申し入れたことから、本件土地が白勢正彌から大蔵省に物納され、その旨の登記も経由されていることを知つたこと、そこで原告は、正太郎から生前本件土地は白勢家から買い受けたものである旨聞き及んでいたことから、自宅で本件土地の売買契約書等の書類を探したが見当たらなかつたため、同年九月白勢家の当主白勢敏博の使用人となつていた前記白勢正城を訪れ、白勢家に本件土地の売買に関する書類が保管されているかどうかを尋ねたが、白努家には係る書類は保管されていなかつたこと、そして原告は、白勢正城に対し、「自分の居宅の敷地は正太郎から『自分のものだ。』『戦争中に買つたか、貰つたか、自分のものになつた。』と聞かされていたが、それが物納されていたことが判つたので、物納を取り下げて貰いたい」旨申し入れたこと、白勢正城は、これに対し、「正太郎が本件土地を買つたことを示す資料があれば、右の申し入れに応じるが、そうでなければ応じることはできない。」と答えるに止まつたこと、原告は、同年一二月再び白勢正城を訪ね、同人に対し、「白勢の方で間違つて物納をしたので、これを取り下げる旨の上申書を被告に提出すれば簡単に取り下げられる。」と申し向けて、その旨の上申書の作成、提出方を要請するとともに、「本件土地は昭和一七年ころ正太郎に譲渡し、代金の決済も終了しており、財産税の物納に供し得ないものであつたが、終戦後の混乱期で間違つて物納した」旨の文案を記載した書面を交付し、上申書提出につき白勢家にはいささかも迷惑をかけない旨付言したこと、しかし、白勢正城は、「国から直接買つた方が良い」旨答えてこれを断つたところ、原告は、「国から買うよりも、地主、小作人の関係のある白勢家から買つた方が良い。」と述べたことの各事実が認められる。しかしながら、右認定の各事実をもつてしては、原告の前記認定の本件土地に対する占有開始から一〇年間及び二〇年間にわたる占有の状況が外形的客観的にみて、他人の所有権を排斥してまでこれを占有する意思を伴うものであつたと認めるに足りず、他に原告が他人の所有権を排斥してまで占有する意思を有していたと解すべき事情を認めるに足りる証拠はない。かえつて、<証拠略>及び本件訴状に添付された豊栄市長作成の本件土地に係る固定資産評価証明書によると、原告は、前記認定のように昭和二一年七月二五日白勢正彌から田一一筆を買い受けたのであるが、これについては昭和二九年七月八日に右売買を原因とする所有権移転登記を経由しているのにかかわらず、自宅の敷地という重要な財産である本件土地については、白勢家からの所有権移転登記手続にも、正太郎からの相続を原因とする所有権移転登記にも全く関心を示すことなく、これをしないまま現在に至つていること、しかも、正太郎死亡後も存命であつた祖父幾太郎が昭和二八年一二月一五日に死亡し、原告が幾太郎及びその先代若次所有名義の農地について昭和三七年九月及び昭和四八年四月に相続(若次所有名義の農地については、幾太郎家督相続、原告相続)を原因とする所有権移転登記手続を経ており、原告には正太郎死亡のときのみならず幾太郎死亡のときにも本件土地の登記名義について調査、確認すべき絶好の機会があつたにもかかわらず、これをした形跡がないばかりでなく、本件土地の固定資産税を納税したこともなく、納税義務者を確認したこともないこと、原告は、本件紛争の端緒となつた農林省の係官による測量が実施されるまで、売買契約書等本件土地の売買に関する書類を見たこともないし、これを探したこともないことなど、本件土地の所有者であれば当然とるべき行動に出なかつた事実が認められるのであつて、これらの認定事実によると、原告は、外形的客観的にみて、本件土地を占有するについて他人の所有権を排斥してまで占有する意思を有していなかつたものといわざるを得ない。

そうすると、原告が正太郎の死亡により、法律上は自主占有とはいえない本件土地の占有を承継したばかりでなく、新たに本件土地を事実上支配することによつてその占有を開始したことは認められるものの、右占有が所有の意思に基づくものとは認められない。被告の抗弁一は理由がある。

四  以上の認定及び判断の結果によると、原告の被告に対する一〇年間の時効期間及び二〇年間の時効期間が満了したことを理由とする本訴各所有権移転登記手続を求める請求はいずれも理由がない(一〇年間の時効期間が満了したことを理由とする請求については、その余の点について判断するまでもなく)から、いずれもこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 渡邉等)

物件目録

(一) 豊栄市高森新田字浦谷内

地番 四三〇番

地目 宅地

地積 四二・九七平方メートル

(二) 豊栄市高森新田字浦谷内

地番 一三六一番

地目 宅 地

地積 九八五・一二平方メートル

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